おじさん(Age.61)日記By宙虫

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<<   作成日時 : 2014/05/11 22:26   >>

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麦5月号

踏生脚光

 ソチオリンピックが終わった。この踏生脚光が掲載される頃はもう過去のことになっていて、選手たちは新たな四年間を目指していることだろう。
 スポーツのひとつの頂点がオリンピックにある。そこを目指して選手たちは技術を磨き、精神を鍛える。スポーツ単に運動ととらえてもそのすそ野は幅広い。オリンピックにたどり着くまでには相当の長い道のりだ。そのうえ、気力も含めて体力も必要なことから選手として表に出ることができる年齢は限られている。
 もちろん、高齢になったとしても、それぞれのスポーツの楽しみ方はある。体力や気力がピークの年齢でしか味わえない高揚感。その競技の頂点に立てることはなくても、一度は追ってみたくなるもので。自分の理想どおりにプレーができた瞬間やひとつの勝利が次のステップを目指させる源になっていく。そこが、競技者として上を目指すのか愛好者としてすそ野で楽しむのかの分かれ目になる。
 愛好者として「趣味でやっています。」と答える。実は、都合のよい言葉。「趣味」の裏にはその実力は語られないことが多い。過去にすごい記録を持っていたり、地域の大会などでは名前の知れた実力者だったり。当然オリンピック選手ではないだろうが、幅広い人が「趣味」を語っているのだ。
 オリンピックの金メダルから日本の頂点、都道府県の頂点からそれぞれの団体にすそ野は広がっているのだ。スポーツをしていれば、必ずあきらめも挫折も決断もある。その大きさも様々だろう。あとひとつ上に行けるのか。そこで立ち止まってしまうのか。自分のピークを見つめながら「趣味」として付き合っていく人たちがたくさん巷にいるのである。
 俳句も同様の世界。「趣味」で片づけられるものでありながら、入り込んでみると様々なものが渦巻いている。いったい自分たちはどこに立ち位置を持ちながら接することになるのだろうか。 

城跡は碑のみ冬日に石の影    綾野道江

 日本全国に城跡はたくさんある。それぞれの時代により城の形もちがう。石垣が組まれているものから、単なる丘にしか見えないものも。車で走っていても「○○城跡」との案内板を目にすることが多い。とにかく案内板に従って向かってみる。ただの広場にしか見えない。こういう場所には石碑などが置かれていて、その存在で城跡なのだとわかる程度のもの。城としての役目を終えてのち刻んできた時間はどんなものだったのか。「冬日に石の影」の存在がその静かな物語をいまに伝えている。そして、明日からの物語へと続いてゆく。冬の一日、訪れたものへ物を語れぬ者たちが伝えたかった時間がここにあった。

宇宙少し世俗まみれの開戦日   石井英彦

 カレンダーに刻まれた歴史の一日。永遠に残るものと数年もすれば消えてしまうもの。その扱われ方もいろいろだろう。その一日への関わり方によっては見えて来るものが人それぞれ違う。歴史認識の問題もややこしくさせる。戦争を正当化することはないにしても、この「開戦日」に崇高な日本の大義名分を信じていた日本国民がたくさんいたのだろう。戦後、日本の主役たちが戦後の人間たちに移っていくに連れて「開戦日」は姿を変えていく。世俗にまみれる。しかも、宇宙まで紛れ込んで。国のためとひとつになった国民を見ながら時代を生きた人たちにはまさに宇宙なのかもしれない。今の時代は。「愛国」という言葉が、ここに来て世間で聞かれるようになってきた。この「開戦日」が崇高なものとして語られることのないように願う。

冬ざくら不意に軍歌を唄い出す  早川きく

 若い頃に口ずさんだ歌はいつまでも忘れられない。というよりふっと口をついて出るもので「何でこの場で」と自身で驚くことがある。それが軍歌。だからと言って責められるものではない。日本は四季の国。空であり山であり川そして野原と四季を見つめながら過ごす日本人。きっと、不意に口をつく歌もいろいろだろう。ほとんど無意識なので気にとめもしなくていいのだが。出て来たのが軍歌。しかも「桜」を見て。複雑な感情が流れる。単なる鼻唄ではなくなってしまった。「桜」という日本人限定の感情を呼び起こさせる花は偉大だ。そしてその花に複雑なしがらみをもたせてしまった国の歴史も哀しい。「冬の桜」に想いを深くする。

五年日記買うて余命に賭けてみる 友松照子

 余命。自分の余命を考え始めるとそこからカウントダウンが始まるような気がする。かと言ってその暮らし方は明日へ自分をつなぐためのもの。結局、人間は命が尽きるところまで明日に向かって生きていくものだろう。新年に揃える日記に綴るものは生きてきた証になっていくに違いないが。空白はまだ埋まっていない。一年を埋めるのは至難の業かもしれない。埋まってしまえば「一年は速い」と感慨を深くする。空白に明日が詰まっているのだ。あっという間かもしれないが、欲張りに五年日記を買ってしまった。ひょっとしてそこまでたどりつけないかもしれないが。空白を埋めるために生きてみよう。五年分の日記に明日を見つけた。賭けに成功すれば次の五年日記が待っている。

楓紅葉異国の人へ躙口      木藤一昭

 日本庭園の秋。紅葉が進んでいま盛り。日本のこういう世界は「わびさび」を代表する光景として描かれている。実際、俳句を始めた頃、脳裏をかすめていたのがこの景色だったのかもしれない。その景色のなかに外国からの人を連れ茶室へ案内をする。そのにじり口こそ日本の美への入口。背中をかがめ入らなければならない。小さな和の世界へ誘う。「異国の人」がいなければなんでもない世界になっていたところが面白い。

冬帽の似合う句友も八十才過ぎ 児玉すが子

 高齢化社会はどんどん進んでいく。知り合ったころは現役で働いていたのにいつの間にか。毎月句会などでその姿を見てきた。その句友は帽子が似合う。ずっとそう思っている。気づけばその友も八十を過ぎた。そして自分も一緒に歳を重ねていた。まだまだ俳句に向き合っている姿がたくましい。ちょっとおしゃれな冬帽子で句をひねっている姿が浮かぶ。





先月の踏生脚光
http://musinandanikki.at.webry.info/201404/article_3.html




2013年の宙虫の俳句を公開中。
http://musinandanikki.at.webry.info/201312/article_9.html



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内 容 ニックネーム/日時
冬ざくら不意に軍歌を唄い出す  早川きく

戦友は別のさくらを見ていたり  宮部鱒太
かささぎ
2014/06/06 01:05

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