おじさんの俳句memo(2007年)

2007年はどんな一年だったんだろう?
日本という国に住んでぴりぴりとした風のなかにいて。
しかしその風は自然に吹く風ではなくて。
自然というもの、実は人間が長い年月かけてこわしてきたもので。
純粋に自然という言葉を使えないのではないのかな?
この国もゆがみだらけの国になってしまった。
ゆったりとした時間の流れはもうとりもどせないのだろうか?

★★★

八つ手咲き路地は日暮れをさみしがる
街は黄落まだ満たされぬひとがいる
残る紅葉ここに埋めたいものがある
冒険がはじまる穴のある冬野
ミステリー映画耳から冬の街に出る
風のみちまだある村の干大根
時雨となり街は鴉ばかり鳴く
風のおと聞こえるくらし蓮根掘る
十二月の音が追われるものを追う

しぐれ来ていつか無言でいる時間
ふるさとへ冬霧ひいてゆくにんげん
入口は村を出る道紅梅咲く
しあわせがかじかむ歩道の少女たち
体温あるものの寝息を聞く霜夜
もどる街が見えぬ鼬の走る夜
ざぼん買う海風砂を運ぶ町
ながらえて万両の赤受けいれる
音たてて森を揺さぶる北風(きた)の季節
ポケットの森の記憶は北風(きた)の音

水辺から冬がこわれる星がこわれる
ジャズピアノの体温地下を出る二月
炭はぜるやがてこだまが還る空
トロンボーン吹いて地虫をしたがえる
うっすらと見える未来へ豆を撒く
風音の三月ひとは影でいる
本能寺は遠く置いてきた炬燵
鷹の目の風野に出てくる不発弾
陽炎がよく合う街にいて空腹
飽食がゆえの空腹もんしろ蝶
やわらかい雨を見ている雛を見ている

雛の間のスケッチブックに来る日暮れ
窓のミモザすこーし閉所恐怖症
木蓮の空に染まらぬ石材店
こぶし見下ろすあたりで止まるエレベーター
はこべ咲き町が内から空いてゆく
桃咲いてミートボールが浮くスープ
落雁がこぼれて街は花の冷え
笑い止らぬなずなのなかの女たち
春落葉降り降る戦死とある石碑
春の雷通夜を出てゆく物語

ぎしぎしや記憶は汗のにおいして
虎杖を折れば記憶がこわれゆく
春の雲誰かがうしろで石をける
踏み込めば春野で棘となる昭和
石楠花のうしろで街が濡れている
街からのひと来て蘇枋咲く真昼
鳥たちの空だと思う麦の秋
葉裏まだ淡い都心にくる立夏
不在して立夏に届くしょうゆ煎餅
頬が雨感じる街の青い枇杷
大阪のマップたためばえごが散る

あの街がまだ見える空藤が散る
梅漬けて軽い挫折の蓋をする
干潟ひろがり夏の構図がぶれている
岐路があり日暮れのえごは降り降って
泰山木軽い挫折のあと無口
夕焼けて絶滅危惧種に「ひと」と書く
飽きたなら風をつかもうみずすまし
紫陽花に蒼くかかわるひとと会う
ひとの背を見てきた人に河骨咲く
少年のあじとはからっぽ草を刈る
夏銀河家族にもどれない家族

雨はまた雨にもどりて蕗を煮る
のうぜんが咲けば笑いがやわらかい
積乱雲黄色い店がいま開く
惣菜提げ夾竹桃の路地にいる
洗馬山から蚊が耳もとをはなれない
一日の雨音終わる黍の花
七月の蜜持つものにビルの昼
草いきれ自由を少しかけ違う
ひとが負うものから濡れて蓮に雨
水音がつながる村に蓮が咲き
蝉が空あきらめるため鳴いている

八月の音がまばらにある竹林
サングラスのほかは面影ある笑い
さるすべり村の真昼はよく眠る
影のない蛇の真昼と向き合えり
夕ぐれの空に還らぬ虻がいる
夕焼けや子は子の街に立っている
人間がいれば残暑のひと無口
AMラジオどよめき夏の萩のなか
蝉落ちてこころに少し解放区
萩こぼれ古書でそろえるクリスティ
白秋の雨だと思う葛の花

東京の真水を飲んでいる九月
葛散らす雨を歩いて仁王像
秋が空降りてくるまで楠の陰
合歓は実に女をかなで書いている
友情が埋もれた地層竹の秋
望郷が少し南にある銀河
秋に入り足音鈍い猫がいる
いま飛んだばったのゆくえは中華街
胡桃落ち親に明かさぬ影もある
明日の荷をつめて日暮れの金木犀

紅葉のさきをゆけない人間たち
石垣が埋もれて鹿の秋と会う
からすうり午後から森が深くなる
栗ゆでて日暮れの地下を出るくらし
サイレンがやまぬ日暮れのくる刈田
にんげん青くいられぬ山の秋をゆく
逆光の紅葉仰いでいる岩場
岩から岩跳んで視界は午後の秋
秋天の最後の岩に手をかける
山毛欅の実が落ちる樹海のペットボトル

鳥たちの影追い霧を抜けようか
雨のゆくえが見える河原の泡立草
花野をゆく風にのる歌のらぬ歌
木の実ひろう鳩たち降りて来ぬ真昼
木の実降る頭上にいつも鳥がいて
人参を引いておとこが濡れる雨
つながらぬ記憶ぽつぽつ引く人参
声なくす風の入り江の枇杷が咲き
黄落をぬけてぶつかる糸問屋
音のない冬夕焼けを歩こうか
冬夕焼け女がのぞくペットショップ
迫るも山遠のくも山冬野をゆく
電子音走って日暮れの柚子をもぐ



2007麦収獲祭(第2位)
炭酸飲料     中山宙虫

冬の鯉眠って気化をするつもり
鵯が鳴く午後の駄菓子の当たりくじ
藪柑子数値で生きてゆく人間
映画館出れば耳から冬の街
冬の川跳んでとまどいある着地
街をゆく気まぐれ二月はドアばかり
鵙鳴いて森には森の心電図
厚切りの鮪が乗っている余寒
水仙を活ければ雨の地方都市
傍らは出てくる虫に空けておく
三月の島は真水の中にある
春は無口に極太文字の前ですぞ
わらび追い阿蘇のはずれに立っている
陽がにおう野蒜がにおう土手に寝て
春には春の草の実つけてくる少年
吊橋の僕らを越えてゆく毛虫
アクセル踏んで街の夕凪出てゆくか
七月の売られる陶器にあるゆがみ
草矢飛ぶ豊かな水の村をとぶ
あなたまでの時間問われている白桃
影のまま遠くなるひと稲の花
木製の玩具の音がする八月
落ちる水すべる水ありかなかなかな
つながらぬ会話が続く秋の雨
ガガーリンがふっと出てくる鉄道草
汚れたる草の実ちゃんとついてくる
照れ屋でしたね銀河が星で埋まらない
十月の空だ飛球が落ちてくる
満たされぬひとの目の街黄落す
均されてゆくにんげんや桐は実に  


以前の俳句はこちら 
http://musinandanikki.at.webry.info/200709/article_10.html

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お待ちしています。
http://8620.teacup.com/mugi0000/bbs

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    Excerpt: この一年飽きもせず。 本当は飽きかかっていた面もある。 自分の俳句の限界なのか。 自分の語彙の限界なのか。 悶々としていた。 それでも、一年間俳句に向かっている。 何がそうさせるのか? .. Weblog: おじさん(Age.53)日記By宙虫 racked: 2009-03-24 18:46