おじさん(Age.61)日記By宙虫

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<<   作成日時 : 2013/09/09 08:05   >>

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麦8月号

「踏生脚光」 中山宙虫

 ひとり。この数は孤独なのだろうか。それとも自由なのだろうか。職場や家庭の中でひとりになる時間はさほどない。いつも、誰かがそばにいる。いろいろな人たちの中にいる自分を特に考えることもない。人間は社会性の動物と言われている。コミュニティの中で個人を培っていくものだと。
 しかし、時に、ひとりになる時間がある。その時、何を感じるのだろう。集団の中にある制約から解放されたと喜ぶのか。自由だ。なんでも自分の好きなことができると。時間の許す限り車を走らせる。自分を誰も知らないところで「ああ、自由」と思ったりする。自由というものは束縛があって生まれる感情ではと思う。事実、せっかくひとりになれたのに、最後は家庭へ職場へと帰っていくのだから。再び束縛の社会に身を置くことになる。
 一方で、ひとりでいる時間を孤独と感じるひともいる。さまざまな要因があるのだろうが。誰かとつながりたい。そう思いつつ日々を送っているひとたちも多い。昔であれば、地域のなかに自分がいて、声のひとつでも掛けあっていたのだろうが。街中の群衆にいても、全員他人。現代社会はここに孤独をたくさん産んでいるようで辛い。
しかし、自らつながりを断ち切る道を選択したものもいるわけで。ひとりかふたりかはたまた大勢か。自分の居場所は自分で決めたい。
この原稿が仕上がる頃、平年より十日以上早い梅雨明け。季節は一気に夏本番へ向かった。この夏、私たちはどんなひととの出会いや別れを経験するのだろうか?別れが確実に増えていっている年代。長生きをすれば、ひとりになってしまうのではと考える。ただ、この国にひとりというわけではない。誰かが家の外を歩いているかもしれない。ひとりで生きていると自分を結論づけることもなさそうだ。

花冷えや二人の部屋にひとり居て 中村棹舟

 二人という数は、様々な場面に登場する言葉。僕らはこの言葉を歌の歌詞として耳にする。何人の男女がくっついて、別れて、ひとりになっていくのだろう。もちろん歌の中の物語なので恋物語。しかも悲恋。きっとこのシチュエーションを持った歌を「好きな曲」としている人もたくさんいるのではないかと思う。そして、桜。どっぷりと日本人なのだ。寒い冬を抜けてきて「ひとり」でいることになんとか馴れてきたけれど。前向きになったとたんに来る花冷え。ずっとふたりでいると思いこんでいた部屋が急に切なくなる。花冷えの空気は心身ともにぐさりとくるものかもしれない。きっと部屋の中にいろいろなふたりの想い出がつまっているにちがいない。生きて別れても、先だたれたにしても、この国の人間は桜に向かうと何がしかの感情が湧くのであろう。

ゴミ捨ての帰りは春の空を歩く  成清正之

 毎日の生活のなかで、何気に季節を感じる。その瞬間、まわりの景色が変わって見える。誰にでもあることなのだろうが、俳人たちはそこをとらえて自分の俳句とする。「帰りは春の空を歩く」。ここに解放感が見事に表されている。ゴミ捨て、日常の些事。ゴミの集積場所まで歩く。こんな作業にふたりで行くこともない。ゴミを捨てて見上げた空。春らしい空だった。両手にゴミを提げてうつむき歩いていた自分、帰りは身軽になって空を歩く。ゴミ集積場所から家までの数分間。春の空に包まれながら。ひとりの時間。そこに解放感を見つけたのだ。

花万朶死後の話もにぎやかに   綾野道江

 満開の桜の下、友達などとわいわいと話す。いろいろな話題が尽きることなく。人間は、話せなくなったらどうなるのだろうといつも思う。複雑な言語を持っているからこそ、虫や動物のように微妙な声色などで相手を判断する必要はない。きちんと言葉で伝えればいいのだから。そして、話せるから目の前に相手がいる。しかも、たくさんの。そんななかに出てきた死後の話。私が死んだら。天国か地獄か。残された家族はどうなるなど。人間の命は必ず尽きる。なのに陽気に話せるのも人間。ひとりになるといろいろ想いをめぐらせ「死」というものが重くなってくるのだが。みんなといると明るく話せる。死を乗り越えればまだ先があるかのように。満開の桜が幻想的だ。

春の日の象をぺたぺた叩く人   斉田 仁

 ペットブームを言われて久しい。というより、ますますペットは、人間に必要不可欠なものになっていっている。人間と同じ暮らしをさせ、一緒に行動し、彼らの定位置を家の中に与えている。ペットを飼うきっかけはさまざまなようだが、昔のようなペットと人間の距離感はない。愛玩動物とまではいかなくても動物園の象も人気者だ。俳句でもこの象とキリンをよく目にする。本当は胴部縁にいなければ日本の「春」を生きることはなかったのだろうが。あの大きな体の象が小さな飼育エリアのなかで生きていくことを考えてみた。彼らなりの生きざまがあるのだろう。そこに人間が関わっている。ぺたぺたと叩く人。けして暴力ではなく愛情を持って。春の日の音は飼育員の想いの音でもある。象が日本の春を生きていくために。彼らに人間が寄り添っていることを確認させるために。ぺたぺたという擬音が愛情を持って届いた。孤高の象に想いは届いていると信じたい。

春愁い女子大通りという看板   田中正恵

 春。何気ない看板を見る。いまひとつ気分ののらない春の日。一本の道が「女子大」へつながっているという。毎日、この通りを女子大生が通っているのであろう?通りに面して女子大生相手の店が並んでいるのが見える。やや重い春の空気がこの通りだけは違う。きっと通学の時間になれば、数人のグループになった大学生たちがわいわいと歩いているのではないか。その華やかさを想像する。けれど、この句の世界にその女子大生たちが登場していない。春休み中かもしれないが。ほとんど人通りのない普通の通りに見える。看板でここが女子大の通りだと知ったわけだ。やがて、新入生を迎え、また新しい空気が流れだすだろう?彼女らはここで多くの友人を作り、社会へ巣立っていくのだ。この通りを歩く彼女らに孤独はないと願いたい、

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先月の踏生脚光
http://musinandanikki.at.webry.info/201308/article_17.html


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http://musinandanikki.at.webry.info/201212/article_10.html





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
宙虫さん、毎月の「脚光」楽しみにしていますよ。大変だと思います。何回もたくさんの句に目を通して、心に触れるものを選句。そして講評。文を書くのはエネルギーを使いますし。でも、楽しみにしている人が大勢いますから・・・。
餡子
2013/09/10 08:46
ありがとうございます。
半年の約束が一年にのびて。
続くのかなと思っていますが。
気付けば半年、今月書きあげれば6回分終ると一瞬思ってしまって、Y編集長の明るい声にOKしてしまいました。
後半の6回分は、対馬康子さんと担当だとか。
これを聞かされて一気に緊張してしまってる・・・。
宙虫
2013/09/11 10:09

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