おじさん(Age.52)日記By宙虫

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<<   作成日時 : 2008/05/28 22:38   >>

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行ってきた。
たまには美術館へ。
熊本城に行ったのは、実はこれが目的。
これを見て、熊本城へ足を伸ばしたのである。
前々から行ってみようかと言いながらずるずると。
気がつけば、あと半月ほどで終わってしまう。
大急ぎで、プレイガイドにあった前売り券を買って。
出かけたのである。
吉村作治の早大エジプト発掘40年展
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/
ひとこと。
気が遠くなってしまう。
40年という時間。
こつこつと最初はエジプトの端っこから発掘を始めて。
いろんな苦労があったのだろうと思うが。
その発掘品がどうしたというコメントは特に必要はないと思う。
その内容などは、「世界ふしぎ発見!」などで年に数回紹介されている。
この展覧会の展示品もどこか映像で見たぞというもの。
確かにそういった発掘品はすごいと思う。
実際、40年の間に発掘の技術も発達をして。
勘で「ここ掘れ」わんわんではないようだ。
宇宙から地中の状況がわけるとか。
そういった技術も紹介されている。
これには多少びっくり。
半分は聞いたことなどがあるので。
ああ、と思ったわけだが。
よくよく考えてみると。
確かにすごい。
それで、成果があがって。
世界中からきちんと評価されているわけだ。
大学の教授たちの「成果」のひとつなのだろう。
ひとびとのこれまでの歴史を掘り起こすこと。
これ自体すごい。
しかし、こうやってみると、人間の歴史はあちこちで途切れているんだな。
そう思うのだ。
戦争や自然災害や。
ひとつの国が滅びる事態がいくつもあったのだろう。
古代エジプト文字などは、どこかにその流れはあっても、実際現代に残っているわけではない。
日本語も既に古文などという風に区分されているわけだし。
俳句をやっていると、よく出会う。
古文調にこだわっている俳人たちが。
これを見ているとそんな論争どうでもいいような。
(もともと僕自身は特に古文調はリズムや締め程度にしか考えていない。
既に誰も使わない漢字もすごくあるだろうし。
消えたものは消えたもの。
でも、きっとそれはそれで、消えた日本語を掘り起こしている人たちも多いんだろうと思う。
乱れている感は確かにあるが。
それでも、毎年すごい数の新しい日本語は生まれるもの。
しかし、すぐに「死語」となって消えてしまう。
エジプトの発掘と一緒にすべきではないが、今の時代消えるものはたくさんあって。
そのサイクルも速くなっている。
どこまで、自分が俳句のなかに日本語を残せるかな?
などと考えているうちに「エジプト発掘展」は見終わっていた。
確かに面白い。
エジプトは奥が深い。
そとへ出てみると。
美術館はしっとりとした緑の中にあった。
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